連載では、腎臓病の患者さんにおいしい“食”を提供したいと、日々、研鑽を積まれているお二人に、「毎日の腎臓病食」と「特別の日の腎臓病食」として、レシピの紹介や献立を考えるときのヒント、おいしく調理するための工夫などを教えていただきます。 「毎日の腎臓病食」は、腎不全の予防と治療を行う西クリニックで、長年にわたり透析患者さんにおいしい食事を提供できるよう取り組んでいる管理栄養士の中山理恵さん、「特別の日の腎臓病食」は、フレンチレストランとしては珍しい「低たんぱく食」を提供している蓼科高原の「オーベルジュ エスポワール」オーナーシェフの藤木徳彦さんに1年間担当していただきます。連載第1回目は、中山さんと藤木さんに、「おいしい腎臓病食」についてのお話を伺いました。
最初に、お二人の「腎臓病食」との出会いを教えてください。
- 中山さん:大学卒業とともに西クリニックに就職しました。20代の頃は食事を作るというよりも、透析を受けられている患者さんへの栄養指導が中心でした。仕事を続けていくうちに、食事指導は数字など表面上のことだけでなく、自分が実際に作り、食べてみないと患者さんにちゃんと伝わらないことに気がつき、自分でもいろいろやってみるようになっていきましたね。クリニックでは、私たち管理栄養士は献立を考えるだけで、実際作るのは外部の調理師に依頼します。最初の頃は、でき上がってきた料理を見て「これだけしか食べられないの」とか「この組み合わせはちょっと」ということも……。若い頃は泣きながら、どうすればもっとおいしく、患者さんに満足していただけるかを試行錯誤してきました。気がつけば25年経っていました。
- 藤木さん:私の場合はお客様からの声がきっかけでした。6年ほど前に地元の大学で管理栄養士コースが新設されたとき、講師として「地産地消」を教えることになりました。講師を始めて4年ほど経った頃、学びの集大成として、学生がプロデュースして、栄養量一覧を添えたメニューを提供する1日レストランを開催しました。私はアドバイザーとしてフォローしたのですが、当日はとても好評で満席状態でした。そのとき、食事を終えた一組のご家族が私のところにいらっしゃって、「今日は本当に楽しかった」とていねいなお礼をいただいたのです。お話を伺うと、ご主人が腎臓病を患っていて、これまではなかなか外食できなかったのですが、久しぶりに家族が同じメニューを食べられ、本当に楽しかったとのことでした。この経験から、お客さんのなかには外食したくてもできない方がいらっしゃることに気がついたのです。たまたま、レストランのスタッフの一人が管理栄養士の資格を持っていたため、レストランでも腎臓病食を提供してみようということになったのが、5年くらい前のこと。さらには、当時のスタッフのお父さんが透析を受けていて、「うちも父親といっしょの外食はできなかった。ぜひやってください」と言われたことにも後押しされました。
おいしい腎臓病食を開発するときに難しいこと、工夫することはなんですか?
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中山さん:やはり、腎臓病食は量が少なくなりがちなので、カサを増やすにはどうすればいいか、どの食材がいいかを悩みました。あとは減塩ですね。いま、ようやくおいしいメニューを出せるようになってきたのかなと感じています。外部で料理を作ってくださる調理師さんとも、綿密に打ち合わせするようになりましたし、盛りつけなどにも意見を述べて、よりおいしく見せるにはどうすればいいかなどにも配慮しています。
病院の食事はおいしくないという印象がありますが、先ほど藤木さんのお話に出てきた患者さんが、イベントで召し上がることができたのは、きちんと栄養量の数字が出ていたからでしょう。計算してある食事だからこそ、患者さんも安心して食べられたのだと思います。そういう意味では、病院の食事は、患者さん自身が食べるものや量を調整する必要がなく、全部食べていいという安心感があります。私たちの病院でも、食事を頼まれる方がたくさんいらっしゃいます。患者さんはほぼ1日おきに通院されるので、飽きのこないメニュー構成も考えないといけません。食事を楽しみにしている患者さんに少しでも楽しんでいただける、バリエーションを工夫した、おいしい献立にしようと頭をひねっています。 -
藤木さん:一般的には高たんぱくはヘルシーと言われているので、低たんぱく食では発想の転換が必要でした。ふつうなら赤身肉がいいけれど、腎臓病では赤身肉は高たんぱく質だから使えない、そんなギャップにとまどいました。
腎臓病食は基準が細かくて、難しいのですが、逆にやりがいもあります。味覚はある意味だませるところもあって、塩分が足りないときには酸味を加えたり、うま味を生かしたり、火を通す時間を調整するなど、調理法を工夫することでおいしくできます。 栄養量など数値は管理栄養士にチェックしてもらい、私は献立作りや調理に専念して二人三脚でやっています。基準に沿って、なおかつおいしい料理にする、これが難しいのですが、やりがいがあります。さらに、オーベルジュですから、家ではできないようなちょっと豪華なメニュー、非日常的な料理をどう演出するかも常に心がけています。
「特別の日の腎臓病食」例
患者さんがおいしい腎臓病食を続けるコツはなんでしょうか?
- 中山さん:毎日の食事で気をつけるべきことを理解していただき、また無理のないやり方で続けていただくことが大切です。そのためには、一般的な家庭の食事にちょっとだけ手を加えることで、腎臓病の患者さんも食べられるようにしたメニューであれば実践していただきやすいかなと思っています。自分だけまったく違う食事をするのは、患者さん自身もつらいですし、料理を作る家族も大変です。長続きさせるためには、ちょっとした工夫でできる腎臓病食メニューの必要性を感じます。とはいえ、食事療法の大切さをわかっていただかないかぎりは、制限のある食事を続けることは難しいかもしれません。
- 藤木さん:健康な方が特別な日に特別な料理を召し上がるように、患者さんも特別な料理を楽しみたいときがあると思います。そんなとき、病気だからとあきらめるのではなく、日常と違う特別の腎臓病食を召し上がってみてはいかがでしょうか。おいしいものを食べるそのひとときは、病気への意識が和らぐのではないかと思います。私は、プロの料理人として患者さんに安心して食べていただくことができる特別な腎臓病食を提案していきたいと思っています。
今後、毎月連載される「腎にやさしい食」への抱負など教えてください。
- 中山さん:最近は、患者さんが「おいしい」とほめてくれるのに甘えて、満足している部分があったように思います。今日、藤木さんのお話を伺って、もっとおいしく、患者さんのためにもっと何ができるのかを、もう一度考え直さないといけないと反省しました。今回の連載では、患者さんの家庭で無理なく実践できるような食事のアドバイスをご提供できればと思っています。ご家庭ごとに食習慣があるので、それまでの食習慣を変えずに、ちょっとしたアレンジで作ることができる腎臓病食をご提供できればいいですね。
- 藤木さん:私は、追い詰められるほどいいものがでてくる傾向があるので、切羽詰まって崖っぷちにいけばいくほど、素晴らしい案が浮かんでくるんじゃないかとも感じています。きっとこの連載でも回を重ねるごとに追い詰められて、よりいいメニューが出てくる、おいしい腎臓病食のヒントがもっとたくさん出てくるのではないか、いまはそう思っています。
「日常食」例
最後に、腎臓病の患者さんにひとことお願いいたします。
- 中山さん:最近の腎臓病の食事療法は、それほど厳しい内容ではないですし、むしろ、本来のあるべき日本の伝統食に近づいているような食事です。減塩でたんぱく質を控えた、健康を維持するための食事と思っていただいてもいいかもしれません。治療食だからといって特殊な食事ととらえず、食を楽しんでください。
- 藤木さん:かつての師匠から、ホテルは心を癒すところ、お客さんが日頃の疲れを癒して帰る場所、おもてなしの心を持つことが大切だと言われました。私は病気でもおいしい食事を召し上がっていただきたい、おいしいものを食べて元気になってほしい、そう願っています。ご家庭でもそんな食事ができるお手伝いができればと考えています。
「腎臓病でも食をあきらめず、楽しんでいただきたい」というお二人の熱意が伝わってまいりました。
本日はお忙しいところありがとうございました。
中山 理恵
CKD診療、治療と透析を行う専門クリニックで、長年にわたり、管理栄養士として、個別にきめ細かな栄養指導を実践。食の楽しみを奪われがちな透析患者さんに、限られた予算で、できるだけおいしい食事を提供したいと日々研鑽を積んでおられます。他院で、食事の辛さを経験し、食べ歩いた透析患者さんからも高い評価を得ています。
藤木 徳彦
藤木 徳彦さん1998年、長野県茅野市蓼科高原に「レストラン&ホテル フランス料理店エスポワール」オープン。 地元食材を使用した料理教室、食育講座・大学等の講師も務めるなど、地元・地域に根ざした「食」を発信しており、2013年には内閣府「地域活性化伝道師」に任命され、全国各地で活動。
常に「お客様にご満足いただける食事、かつ安心して召し上がっていただける食事」を一番に考えている。今回の連載ではさらに「腎臓病食を作る方のヒントになる食事」も目指します。