11 新たな研究と取り組みが実現するADPKD診療の未来

腎臓は全身を一定に保つ重要な臓器

腎臓内科で診療、研究を始めたきっかけ

杉山先生

もともと全身疾患の診療に興味があったので、内科を選びました。当時の岡山大学第三内科は腎臓病や糖尿病など、全身に影響が及ぶような臓器の病気を対象としており、そういう臨床や研究に携わりたいと考えて、第三内科に進みました。第三内科では柏原先生の研究グループに配属され、腎臓内科を専攻することとなりました。

柏原先生

私も最も“医師”のイメージに近い診療科として、まず内科を選びました。腎臓内科に進んだのは当時の岡山大学第三内科の先生方の魅力に惹かれたからです。杉山先生もおっしゃいましたが、腎臓は全身を診ることにつながる臓器であるからです。腎臓は人間の全身を常に一定に保つという、人間が生きていくために必要不可欠な役割を担っており、研究すればするほどいろいろなことがわかってくる、非常に興味深い臓器であると考えています。

ADPKD治療の未来

杉山先生

ADPKDはある程度、治療可能な遺伝性の病気になってきたといえるかと思います。私が研修医だった頃は、60名くらいの透析室にADPKDの患者さんが数名はいらっしゃいました。何とか透析を避けられないものかと治療法がいろいろ検討されてきましたが、現在、腎不全への進行を遅らせる治療が可能となったことは非常に大きな成果だったのではないかと思います。

柏原先生

腎臓内科医の大きな仕事の一つは、いかにして透析や移植を必要とする腎不全を防ぐことであります。腎不全の原因となる病気としては、糖尿病性腎症によるものが最も多いのですが、糖尿病の治療の進歩もあり、かなり予防や重症化を防ぐことができるようになってきました。そういう状況の中、ADPKDをはじめとした腎不全を引き起こす病気に、正面から立ち向かう時期が来たのではと感じています。

患者さんの生活を考えた腎臓病対策

新しい腎臓病対策の背景

柏原先生

今から約10年前、透析患者の増加を背景に、慢性腎臓病(CKD)という概念が注目されるようになりました。厚生労働省は、このCKDの啓発、適切な予防・治療を普及させ、透析への進行を遅らせる対策を決定するため、腎疾患対策検討会を開催し、報告書を発表しました。過去10年間この報告書をもとに、全国の自治体でCKD対策が進められてきました。

現在、日本では約33万人の透析の患者さんがいらっしゃって、右肩上がりに増えている状況です。ところが、男性では70歳未満、女性では80歳未満の方々を見ると、新規の導入はむしろ減っています。加齢とともに腎機能は低下します。高齢化の進展とともに腎不全が増えているというのが真相です。この10年のCKD対策は効果的なものであったといえるでしょう。10年が経過し、これまでの成果を振り返り、さらに今後の腎臓病対策を立案するために、新規に腎疾患対策検討会が開催されました。この10年間の成果を踏まえた新しいCKD対策が行われることになったわけです。


透析を減らす取り組み・患者さんの生活を支える取り組み

柏原先生

過去10年間のCKD対策は間違いなく成果を上げてきたのですが、CKDの普及啓発活動は全国を見渡すと十分とはいえません。これを全国に広げていくのがこれからの対策の大きな柱となります。熊本市では、普及啓発活動により、新規の透析導入数が5年間で約15%減少するなど、一定の効果が得られていることから、こういった事例をモデルケースとして、全国に広げていきたいと考えています。また、普及啓発活動とあわせ、専門医・かかりつけ医・自治体が一体となったネットワークづくりを行っていくことも大切です。この2つの施策により、新規透析導入数を10年間で10%、3万5千に減らそうとしています。また、透析導入率の減少だけではなく、透析患者さんの生活の質の向上や腎臓病診療に専門的に携わる人材の育成などにも取り組んでいく予定で、これらの対策により、腎臓病患者さんの健康寿命を延ばしていきたいと考えています。

杉山先生

現在は、毎年約3万9千人の方が新規に透析を始められています。透析を始める原因として最も多いのが糖尿病性腎症で、約43%は糖尿病性腎症です。一方、以前多かった慢性糸球体腎炎は、学校検尿をはじめとする対策が長期にわたって進められてきた結果、大幅に減りました。

このように30年前と今では、腎不全の原因となる病気はずいぶんと変わったのですが、多発性囊胞腎は2.5%前後、年間1,000人弱の透析導入で、ここ30年間、割合はほぼ変化はありません。これは長い間、多発性囊胞腎の腎不全への進行を遅らせる有効な治療法がなかったことの裏返しかもしれません。

腎臓病対策を目的としたNPO法人「日本腎臓病協会」を設立

柏原先生

2018年1月、腎臓病の克服を目指し、NPO法人日本腎臓病協会を設立しました。日本腎臓病協会は、CKDの普及啓発活動、患者会との連携、腎臓病療養指導士制度・人材育成、産官学による腎臓病の診断・治療法の開発プラットフォーム(Kidney Research Initiative-Japan:KRI-J)の4つの事業を行います。

患者会との連携では、患者さんと定期的に話し合う機会を設け、患者さんたちが抱える課題、希望をお伺いすることにより、治療法の研究や診療技術の改善を行っていきたいと考えています。腎臓病の診断・治療法の開発では、日本腎臓学会、企業、行政機関等が、腎臓病診療における課題の所在を共有し、同じ目標のもと、新しい治療薬や医療機器、治療法の開発を行っています。例えば、腎臓病の薬は効果を証明することが難しく、完成までに時間がかかることが多かったのですが、薬剤開発のための治験エンドポイントを行政とともに見直し、腎臓病薬の開発促進を支援します。KRI-Jは産官学のプラットフォームになるものです。

全国の腎臓内科がともに進める腎臓病研究

日本の腎臓病対策を支える日本腎臓病総合レジストリー(J-KDR)

杉山先生

日本腎臓学会は、腎臓病の実態を解明し、診療に役立てるため、日本腎臓病総合レジストリー(J-KDR)という腎臓病の実態調査を行っています。この11年間で40,369例の登録があり、多発性囊胞腎の患者さんは376例登録されています。

このJ-KDRを活用して、いろいろな腎臓病の研究が行われています。その一つがJ-PKDレジストリーと呼ばれる研究です。こちらに登録された患者さんのデータを調べることにより、多発性囊胞腎がどのような経過をたどる病気かを明らかにし、治療法の開発などに役立てる予定です。


ビッグデータで腎臓病を調べるJ-CKDデータベース

柏原先生

杉山先生にご紹介いただいたJ-KDRは世界でも有数の調査研究なのですが、最近は、電子カルテのデータを利用するJ-CKDデータベースという新しいデータベースを構築しつつあります。J-CKDデータベースは電子カルテのデータを利用するため、入力のために人手を借りる事なく、自動的にデータを抽出するものです。従来のデータベース、疾患レジストリーは1名ずつ、人手を借りて入力するものでしたので、入力数には限界があり、かつ入力エラーを避けることができませんでした。現在、川崎医科大学、岡山大学を含め、21の病院が参加しており、約13万6千名のデータが収集できており、その中には多発性囊胞腎のデータもかなり含まれています。このビッグデータを最新のAI技術を用いて解析することにより、腎臓病の進行に関わる要因を同定したり、標準的な治療法がどの程度、普及しているのか等を解明することができます。ゆくゆくはゲノム等の生体試料バンクとも連結させ、遺伝子の違いが病気の進み方にどう関係しているのかなどを調べようとしています。

かかりつけ医と専門医で支える地域の腎臓病診療

かかりつけ医と腎臓専門施設でつくる地域ネットワーク

杉山先生

岡山市では包括的なCKD対策の一環として、2007年から岡山市CKDネットワーク(OCKD-NET)という、岡山市で腎臓専門医がいる病院とかかりつけ医の医療連携を始めました。現在、6つの基幹病院と143名のかかりつけ医が参加しており、このネットワークを利用して診療を行った患者さんがその後どのような経過をたどったかという調査もあわせて行っています。

柏原先生

私たちも岡山市の成功例に倣い、倉敷市でKCKD-NETというネットワークを作りました。川崎医科大学、倉敷中央病院、重井医学研究所附属病院といった倉敷市内にある腎臓病の専門施設とかかりつけ医約50名のネットワークです。

ADPKDの場合ですと、まず、かかりつけ医がADPKDと診断すれば、専門医療機関にご紹介いただきます。私共の場合であれば、紹介された患者さんを診察、検査して、合併症の検索、治療方針を決定した後、多くの場合、もう一度かかりつけ医に診ていただくようにします。その後、かかりつけ医との併診により、半年〜1年の間隔で定期的に診させていただき、症状の確認などをいたします。このように、いわば2人主治医体制でADPKDの診療に当たっています。

地域ネットワークでADPKDを早期発見・早期治療

杉山先生

かかりつけ医と専門医の連携は、ADPKDを見つけていくためにも重要です。ADPKDは遺伝性の病気ですが、健康診断で発見される場合もあります。健康診断で超音波検査をして、多発性囊胞腎の疑いということでかかりつけ医に紹介される場合もありますし、実際に経験もしています。

柏原先生

ADPKDが治療可能な病気であることをご存じではないかかりつけ医の先生もいらっしゃいますので、早期発見・早期治療が可能であることをもっと啓発していく必要があると思います。

患者さんの心に寄り添うことを大切に

遺伝カウンセリングで正しい情報を届けたい

杉山先生

ADPKDは遺伝性の病気ということもあって、患者さんが不安になられることも多いかと思いますが、専門施設の多くでは、患者さんやご家族に対し、遺伝カウンセリングといった形で、情報提供や相談を行っていますので、ぜひ活用していただきたいと思います。ADPKDの患者さんの約2割はうつ状態で、6割の患者さんが子どもに病気について伝えることに気がとがめていたという報告もあります。医師はなかなか十分に時間を割いて説明できないこともありますので、ぜひ遺伝カウンセリングを活用して、治療に前向きに取り組んでいただきたいと思います。また、遺伝に関する正しい知識を患者さんが得ることで、診療もより充実できる可能性があるのではないかと思います。

「あなたは一人ではない」ことを伝えたい

柏原先生

ADPKDのような難しい病気の場合、患者さんやご家族の不条理な気持ちが非常に強く、さらに遺伝性の病気の場合、親が子どもに対して罪悪感を感じることもあります。先ほどお話しした日本腎臓病協会は、そのような患者さんを支える存在になりたいと考えています。患者さんに対し、私たちが支えていくことで、病気になっても絶望しなくてもよい社会にしていきたいというのが、日本腎臓病協会の一つの目標です。「病気と闘うあなたたちを一人にしない」が私たちが掲げる価値観です。

この数十年の間に、ADPKDは原因がまったくわからない病気から、治療法が開発されるまで状況が変わりました。10年、20年後にはもっと多くのことが期待できるかと思います。日本腎臓病協会のメッセージの一つである「かけがえのない日々を大切に生きるために」を実現するべく、ADPKDの患者さんとも連携を深めていきたいと思います。

川崎医科大学 腎臓・高血圧内科学 教授 柏原直樹先生

経歴

  • 1982年岡山大学医学部医学科卒業
  • 1982年国家公務員等共済組合連合会 呉共済病院内科
  • 1987年米国Northwestern大学医学部 research associate
  • 1990年岡山大学医学部分子医化学教室
  • 1991年岡山大学医学部第三内科 助手
  • 1995年岡山大学医学部第三内科 講師
  • 1997年岡山大学医学部第三内科 助教授
  • 1998年川崎医科大学 内科学(腎)講座(現:腎臓・高血圧内科学講座)主任教授
  • 2001年川崎医科大学 学長補佐 併任
  • 2003年放送大学大学院 客員教授 併任
  • 2004年川崎医科大学 臨床教育研修センター センター長 併任
  • 2007年英国Oxford University Visiting Fellow
  • 2009年川崎医科大学 副学長(研究、大学院、国際交流担当)併任
岡山大学 血液浄化療法人材育成システム開発学 教授 杉山斉先生

経歴

  • 1989年岡山大学医学部卒業 岡山大学医学部内科学第三講座入局
  • 1996年岡山大学大学院医学研究科(内科学第三)修了
  • 1997年英国Nottingham大学内科 Renal and Inflammatory Division Research Fellow
  • 2000年岡山大学医学部第三内科 助手
  • 2006年岡山大学病院 腎臓・糖尿病・内分泌内科 講師
  • 2008年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 教授

2019年1月作成
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