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第11回 埼玉県在住Oさん

病気をありのままに受け入れることで、「何事も後悔しないように、今できることをしっかりと行いたい」と考えられるようになりました。

病気をありのままに受け入れることで、「何事も後悔しないように、今できることをしっかりと行いたい」と考えられるようになりました。

お母様が多発性のう胞腎(ADPKD)と診断されたことで、40歳を前にして初めて自身の病気を知ることになったOさん。自覚症状が無いため現実感を得られない時期もありましたが、治療法ができた今、お子さんたちの未来にも大きな希望を抱き、無理せず自然体で毎日を過ごしています。

お母様が多発性のう胞腎(ADPKD)と診断されたことで、40歳を前にして初めて自身の病気を知ることになったOさん。自覚症状が無いため現実感を得られない時期もありましたが、治療法ができた今、お子さんたちの未来にも大きな希望を抱き、無理せず自然体で毎日を過ごしています。

母がADPKDと診断されたことで、病気の存在を初めて知る 母がADPKDと診断されたことで、病気の存在を初めて知る

「母が訴えていた腹部の痛みの原因は、多発性のう胞腎(ADPKD)によるものでした」。
Oさんのお母様の病気が判明したのは、お母様が66歳の時でした。今から10年ほど前、腹部に張りや痛みを訴えていたお母様を、何軒もの病院に連れて行ったOさんですが、原因がなかなか分からず、症状を訴えてからおよそ半年が過ぎようとしていました。そして、ある病院でADPKDの可能性があると告げられ、専門医を紹介してもらいました。そこでようやく、腹部の症状の原因がADPKDによるのう胞感染であることが分かったのです。
「私も母も初めて耳にする病名であり、そんな病気があるのかと驚かされました。そして、ADPKDは約50%の確率で遺伝することを知らされたのもその時でした。調べてみると、母方の祖父も同じ病気であったことが分かり、“家系なのだな”と感じたことを覚えています」と、Oさんは当時を振り返ります。
しかし、自覚症状は何も無く、健康診断による各種の数値にも異常が無かったことから、その頃のOさんは特に気にはしなかったと言います。広告代理店に勤務するOさんの仕事は多忙を極めており、お母様には検査を強く勧められたものの、病院には行かずに日々が過ぎていきました。
ところが4年後、Oさんが30代後半で受けた健康診断で、血圧が高いことを指摘されました。飲酒や喫煙の習慣も無く、スリムな体型だったOさんの生活習慣には血圧が上がる要因が見つかりません。「もしかしたら、ADPKDの影響だろうかと、自分自身の現実的な問題として認識した瞬間でした」。
そこで、お母様の主治医に受診すると、やはりOさんもADPKDであることが明らかになりました。とはいえ、痛みや血尿といった自覚症状があるわけではなく、日常生活には何の不便を感じることも無かったことから、Oさんは必要以上に悲観的になることはありませんでした。

「むしろ母がショックを受けてしまい、そちらのフォローに全力を注いでいました。母はADPKDと診断されたとはいえ、若い頃に体が弱かったこともあり、『70歳を超えるまで生きられたことはありがたいことだ』と、あっけらかんとしていました。しかし、私に対しては“自分のせいで息子が”という思いが強かったのでしょう」。
この頃からOさんは、インターネットを中心にADPKDに関する情報収集を行いました。しかし、クレアチニン値の悪化も徐々に見られるようになり、血圧のコントロールしかできることが無いもどかしさを感じるようになったと言います。
「ADPKDの治療薬ができたことを知った時には、やはりうれしかったですね。0だったものが1になったわけですから、大きな希望を感じました」。

我慢しすぎない程度に、年齢相応の節制を心掛ける 我慢しすぎない程度に、年齢相応の節制を心掛ける

Oさんは現在、治療は始めているものの、生活習慣に大きな制約を設けることはしていません。ただし、食事では無理をしない範囲で節制を心掛けているそうです。
朝食はしっかり摂る習慣が無く、コーヒーとヨーグルトにフルーツを少々食べる程度です。昼食はほぼ毎日外食で、うどんやそば、ラーメン、カレーライス、パスタなど好きなものを食べています。「ただし、外食はどうしても塩分が多めになることは自覚していますから、腹八分目にして少量を残すよう心掛けています」。
また、仕事柄、外食の機会が多いOさんは、プライベートでは極力外食を避け、自宅で奥様の手料理を味わうようにしています。昼食のメニューからも分かるように炭水化物が好物で、塩辛いものと併せると量を多く摂ってしまう傾向があるため、ご飯は茶碗3分の2程度に抑えるなど気を配っているそうです。
「妻や母には、塩分を控える努力をもっと行うように厳しく言われていますが、自分としては我慢しすぎない程度に頑張っています。これらの節制はADPKDのためにもなりますが、40歳を過ぎた人ならばメタボリックシンドローム予防として誰でも実践していることでもあります。“ADPKDだからこれを我慢する”というより、我々世代のごく普通の節制ですね」。

最近では、奥様と夜のウォーキングを行うことが日課になりつつあるというOさん。休日はゴルフに出掛けることもあるそうですが、時間が許せば奥様と2人の娘さんと一緒にショッピングを楽しむなど、家族との時間も大切にしています。
「ADPKDとはいえ、現時点では母のように腹痛などで苦しい思いをすることも無く、これをしないと命が危ないということもありません。ただし、もし人工透析が必要になれば今と同じように仕事をすることも難しくなり、家族との時間も制限されるかもしれません。だからこそ、何事も後悔しないように、今できることをしっかりと行いたいですね。病気をありのままに受け入れることで、私はそんな風に考えられるようになりました」。

ADPKDと診断された患者さんへのメッセージ

私には幼い娘が2人いますが、もし彼女たちにADPKDが遺伝していると分かったら、やはりかつての母のように、申し訳ない気持ちでいっぱいになると思います。ですが、ADPKDが遺伝すると分かっていたなら子供を作らなかったかと聞かれれば、そんなことは絶対にありません。
母の時代に無かった治療法が今はできています。それならば、娘たちの時代には、もっと治療法が進歩している可能性があると思いたいですね。私の代で手が打てる病気になったことは大きな希望です。だから、お子さんがいらっしゃる患者さんも、必要以上に心配せずに一緒に前向きに生きていきましょう。

私には幼い娘が2人いますが、もし彼女たちにADPKDが遺伝していると分かったら、やはりかつての母のように、申し訳ない気持ちでいっぱいになると思います。ですが、ADPKDが遺伝すると分かっていたなら子供を作らなかったかと聞かれれば、そんなことは絶対にありません。母の時代に無かった治療法が今はできています。それならば、娘たちの時代には、もっと治療法が進歩している可能性があると思いたいですね。私の代で手が打てる病気になったことは大きな希望です。だから、お子さんがいらっしゃる患者さんも、必要以上に心配せずに一緒に前向きに生きていきましょう。

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