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私のADPKD診療にかける想い

04 症状の現れ方に多様性があるADPKD。将来を決めつけず、適切な治療に取り組んでいただきたい

“腎臓研究室”を基盤とし
九州一体に広がる腎臓疾患の医療ネットワーク

福岡腎臓内科クリニックの成り立ち

平方先生

約40年前、九州大学第二内科(現 病態機能内科学)に腎臓研究室が発足しました。創設者である藤見惺(さとる)先生は、40年前の米国の透析治療を目の当たりにし、そのことが腎臓研究室発足の契機となりました。腎臓の機能が失われても外来で透析治療を行うことで患者さんを延命できること、しかも仕事もできる。日本でこの透析療法を実践する場として、腎臓研究室専属の福岡腎臓内科クリニック(当時は福岡胃腸心臓クリニック)が設立されました。

現在、この腎臓研究室の関連施設は飯塚、筑後、北九州、松山に拡がり23施設となっています。当初、10名足らずの研究室員も今ではOBを含めて150名を超え、密なネットワークを形成して大きなチーム医療を展開しています。

福岡腎臓内科クリニックは透析患者さんに起こり得る全ての合併症に対応できる体制を整えています。医療目標として透析患者さんが一般の人と同じ平均余命を達成できることを掲げています。

透析になっても負け戦(いくさ)ではない

平方先生

透析療法は腎臓の機能が著しく低下してしまったときに、腎臓が担っている「体液の恒常性維持」の役割を代替し、生命を維持する治療です。透析導入になった患者さんの中には、たとえば糖尿病性腎症の場合、「インスリン療法や食事療法も一所懸命してきたけれど腎臓が悪くなり透析になってしまった。もう終わりだ」と意気消沈される方が少なくありません。“人生の負け戦(いくさ)”のごとくと嘆かれる方もおられますが、私はけっしてそのようなことはないと考えています。

日本の透析療法は世界一の水準を誇ります。不幸にも透析が必要になったとしても、それによって生命を維持できるわけです。医療でいう負け戦とは、万事を尽くしても最終的に助からない場合です。人は誰しもいつか寿命がつきますが、人生の長い道のりで透析療法が必要になったからといって負け戦というわけではありません。腎不全になったとしても生命を維持する方法があることを前向きに捉えていただきたいと思います。

患者さんそれぞれの人生観を大切に

平方先生

また、患者さんはそれぞれに人生観がありますが、私はその人生観を大切にしたいと考えています。透析治療で週3回病院に通わなければいけないからといって、人生観を変えてしまうようなことまで強制しません。たとえばご家族の冠婚葬祭などは、患者さん自身にとっても大切なイベントです。そのような場で少々お酒を飲みすぎてしまう。そんなときはご本人の意向を尊重するようにしています。もちろん無制限ではありませんが。

満生先生

平方先生はご自身が研修医であったころの患者さんのこともすべて緻密に覚えていらっしゃいます。すごい記憶力です。どれだけ患者さんのことを想って診療されてきたか、ということだと思います。

ADPKDの表現型の特徴

ADPKDは同じ家系であっても症状の現れ方にバリエーションがある

満生先生

腎臓内科医を続けていればADPKD患者さんにいつか必ず出会う、難病とはいえそういう頻度の疾患です。私は九州大学の研修医時代は機会がなく、主治医としてはじめて出会ったのは松山赤十字病院の勤務時代でした。中でも印象に残っている患者さんは40代男性で、お兄さんがいる透析導入となった方です。お兄さんはのう胞の存在は確認されているものの進行が遅く透析に至っていない状態にあり、その患者さんは弟である自分が先に透析になってしまったことに対して、疑問を抱いていました。ただ、とても明るい方で、仲良くお付き合いさせていただきました。

このようにADPKDの特徴には症状の現れ方にバリエーションがあります。同じ家系であっても進行が早い人、遅い人、肝臓ののう胞の方が大きくなる人など、さまざまです。

患者さんは明るく治療に前向きな人が多い

満生先生

また個人的な印象ですが、ADPKD患者さんは良い意味で楽観的な方も多いと思っています。

平方先生

私も似た印象があります。その患者さんは医師なのですが、お母さんがADPKDで透析導入され、その息子さんということで検査をしてみるとADPKDであることが判明しました。国立大学の医学部に通っておられ、卒業するまで主治医として診ていました。病気のことに関してあまり深刻に捉えていない様子で、話してみてもとても明るく治療にも前向きでした。

満生先生

そういう姿を見ているとこちらとしても「できるだけのこと」をして応援したくなりますね。そのような方は近親者が透析療法を受けていることもあり、やむを得ず透析を導入するときでも、比較的ご理解が良い印象です。

ADPKD治療の現状と透析との関係

紹介できる治療法があることは医師にとっても喜び

平方先生

現在、ADPKDの治療で「のう胞をなくす」、「のう胞をできなくする」といった薬剤はありません。しかし、これまで経過観察と対症療法がメインだったADPKD治療の中で、近年、のう胞の増大に対してアプローチできる治療法が登場しています。このことは、患者さんはもとより私たち医師にとっても大きな喜びです。

例えば、ある疾患を診るときに何も治療法がなく経過を観察するだけという場合と、治療として認可されている薬剤があり患者さんに紹介できる場合とでは、医療者の気持ちはまったく異なります。医師にとって一番苦しいことは、治療するすべがないときです。ADPKDに新たな治療法が誕生したことは医療者にとっても福音といえます。

満生先生

実際、新たな治療法を開始した方の腎容積をCTやMRIで測定すると縮小している場合もあり、その効果を実感しています。

ADPKDは必ずしも透析になる病気ではない

満生先生

先ほどもお話ししましたが、ADPKDは症状の現れ方が多彩で発症する時期も兄弟でさえまちまちです。将来的にとても未知数な部分が多いので、必ずしも40、50歳になったら透析になると決めつける必要はありません。70、80歳でも透析に至ることなく通院されている患者さんもおられます。ですからADPKDは必ずしも透析になる病気ではないことをご認識いただきたいと思います。

ただ、ADPKDは高血圧を合併することの多い病気ですので食事や塩分制限が必要となります。また脳動脈瘤や弁膜症に対する管理も必要です。このような観点からの管理は必要となりますが、全面的に悲観的にとらえる必要はないと考えます。

平方先生

そうですね。福岡腎臓内科クリニックの透析患者さんにもおられますが、元気で通院されています。

専門医による適切な診断を受けることが大切

平方先生

ADPKD患者さんが適切な医療機関を受診していないケースもあるようです。ADPKDは腎臓の形態学的な異常であり、泌尿器科領域の病気といえます。しかし症状として腎不全が起こってくるため内科医が診るのです。すると泌尿器科では内科を紹介し、内科では泌尿器科を紹介するというケースが出てきます。そうした状況の中で適切な診療にたどりつけていない患者さんも少なくありません。ADPKDという病気は腎臓内科医がよく診る病気であることを色々な人が知っておくべきだと思います。

満生先生

ADPKDの診断は血清クレアチニン値だけでなく、尿検査と腹部エコーを撮る必要があります。一般内科で血清クレアチニン値のみで診断し、ADPKDが発見されないケースというのも多いのではないでしょうか。そのような意味で、もし不安があったり、ご家族や近親者がADPKDである場合は、早めに腎臓専門医を受診していただきたいと思います。

看護師をはじめとするコメディカルとの連携

満生先生

ADPKDに限らず腎臓の病気では看護師をはじめとするコメディカルとの連携とケアが欠かせません。福岡赤十字病院では、検診などによってCKD(慢性腎臓病)と診断された方のために専門看護師によるCKD外来を開設しています。末期の腎不全にならないためにこの病気とどのように付き合っていけば良いかを専門知識を有する看護師が時間をかけて説明しています。具体的には病気のこと、生活のこと、治療のこと、将来のこと、などです。生活をともにするご家族にも一緒に聞いていただくことがとても大切です。

看護師、栄養士、薬剤師は患者さんとの双方向の関係を築きやすく、患者さんの問題点を深堀しやすいと思います。治療の過程でその役割はとても大きいと感じています。

平方先生

患者さんは医師に話さないことでも、看護師さんには話してくださることが多いです。生活上でお困りごとや食事は誰が作ってくれるかなど、普段から患者さんと多く接している看護師に気さくにご相談できます。

体の状態をきちんと認識し、人生を楽しみましょう

満生先生

ADPKDは症状の現れ方に多様性があり一律の臨床経過がなく、必ず透析になるとも限りません。ですからご自分の将来を決めつけず、できるだけ早期に治療に取り組んでいただきたいと思います。

平方先生

ADPKD治療に選択肢ができたことはとても大きいことです。ADPKDの診断がついた場合、ぜひその治療にチャレンジしていただきたいと思います。そして治療を受けながらご自分の体の現状をきちんと認識することが大切です。「腎臓の機能はどうなっているか」、「のう胞はどこにあるか」、あるいは高血圧や脳動脈瘤へ対応方法などを知ることも重要です。このようなことを客観的に捉えていただきたいと思います。とかく患者さんの頭の中は、病気のことばかりになりがちですがご自分の状態を客観的に認識すると、気持ちに余裕ができてきます。

あなたの人生すべてをADPKDが拘束するわけではありません。長い人生です。楽しむところは十分楽しみましょう。

平方 秀樹先生

経歴

  • 1976年九州大学医学部卒業、九州大学病院第2内科入局
  • 1978年九州大学医学部第2内科腎臓研究室
  • 1985年九州大学医学部第2内科助手
  • 1986年米国クリーブランド・クリニック留学
  • 1988年九州大学医学部第2内科助手、講師
  • 1993年九州大学医学部附属病院 腎疾患治療部助教授
  • 2006年福岡赤十字病院 副院長兼腎臓内科部長
  • 2016年医心会 福岡腎臓内科クリニック院長
満生 浩司先生

経歴

  • 1990年九州大学医学部卒業、九州大学病院第2内科入局
  • 1991年佐世保共済病院内科
  • 1992年九州大学病院第2内科腎臓研究室、腎疾患治療部
  • 1993年松山赤十字病院腎センター
  • 1998年松山赤十字病院腎センター副部長
  • 2008年福岡赤十字病院腎臓内科副部長
  • 2011年福岡赤十字病院血液浄化療法内科部長
  • 2016年同院腎臓内科部長

2016年11月作成
SS1611681

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